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浄土真宗本願寺派 西法寺 大阪府柏原市

〒582-0021 大阪府柏原市国分本町5-6-19

TEL.072-977-3882

浄土真宗とは

今月の法話

2009年5月の法話
   「仏法不思議ということは 
          弥陀(みだ)の弘(ぐ)誓(ぜい)になづけたり」
(2009年 真宗教団連合「法語カレンダー」5月のことば)
 5月といえば浄土真宗の宗祖親鸞聖人のお誕生をお祝いする行事として西本願寺では「降誕会(ごうたんえ)」が5月20日21日におつとめになります。
 親鸞聖人は西暦1173年5月21日(旧暦、承安3年4月1日)京都山科の日野の里で生まれられ、9歳で得度出家され、比叡山延暦寺で20年間修業されたのです。親鸞さまの修業は「生死(しょうじ)出づべき道」を求めてのものであったと、親鸞さまの妻である恵信尼さまの手紙に書かれてあります。
 「生死」ということについて、「私たちは六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六つの世界)を生まれ変わり死に変わりしてとどまることがない(輪廻する)ものであると仏教では説かれている」ということを4月の法話に書きましたが、その輪廻のことを、生死という言葉で表します。ですから、親鸞聖人は迷い苦しみの世界を超えて本当の安心(仏の悟り)を求められて比叡山で修業されていたことがわかります。
 ところが、親鸞さまは比叡山での修業を20年でやめられ山を下りて法然聖人のもとに行かれたのです。これはこれで大変な苦悩の末の決断であったと思われます。20年の修業を通して自分自身が納得のいく本当の安心を得ることができなかったという深い思いが法然聖人のもとへ足を向かわせたのでしょう。そして、法然聖人の導きによって「弥陀の弘誓」に遇われ、本当の安らぎを得る道を歩くことのできる喜びを噛みしめられていたのではないかと思うのです。
 「弥陀の弘誓」とは、阿弥陀如来の「すべての命あるものに仏の悟りを開かせたい」という誓いです。阿弥陀如来はその誓いをもってすべての命にはたらきかけておられるのです。親鸞さまにとっては、どんな修業もなしえなかった自分自身、何時どうなるかわからない命をかかえた自分自身、そんな自分の力でなく、そして、自分ではどうにもならない私自身を仏にしたいと、お念仏(南無阿弥陀仏)となってはたらいていて下さっている阿弥陀如来がおられることを法然さまに教えられ、本当に喜ばれたのでありましょう。
 冒頭のカレンダーの5月の言葉は親鸞さまが中国の高僧、曇鸞大師のお示しにより詠まれた歌(高僧和讃)の一節ですが、

  「いつつの不思議をとくなかに  仏法不思議にしくぞなき
    仏法不思議ということは   弥陀の弘誓になづけたり」
 

というのがそのご和讃です。
 5つの不思議とは、衆生多少不可思議、業力不可思議、龍力不可思議、禅定力不可思議、仏法力不可思議です。ここではスペースの都合により、それぞれについての説明はできませんが、そのような不思議の中で、仏法不思議が一番であり、その仏法不思議とは弥陀の弘誓であると示されますことは、親鸞聖人の弥陀の弘誓に遇われた喜びがそのままあらわされているといえましょう。
南無阿弥陀仏