弥陀(みだ)の誓願(せいがん)は
無明(むみょう)長夜(じょうや)のおおきなる ともしびなり
(2012年 真宗教団連合「法語カレンダー11月のことば)
10月26〜28日と今年の報恩講も無事にお勤めすることができ、ホッとしております。
「報恩講」浄土真宗の寺院にとっては一番大きな年中行事(法事)です。阿弥陀さまのおはたらきを喜んでの行事であることは勿論ですが、浄土真宗の宗祖親鸞聖人を偲びそのおはたらきを讃え喜ぶ法事です。
「報恩講の歌」という仏教讃歌があります。
『和歌の浦曲の片男波の 寄せかけよせかけ帰る如く
我世に繁く通い来り み仏の慈悲つたえなまし』(1番の歌詞)
改めて、この歌詞を読んで少し驚きました。何故なら、今まで何度も歌ったことのあるこの歌について、自分はあまり歌詞の内容が判っていなかったなと思ったからです。
まず、浦曲=うらわ、という漢字表記についてもその意味についても、何気なくこんな感じかと思いながらもはっきりと知らなかったことが判りました。
「広辞苑」よれば、うらわ【浦曲・浦廻】は、うらみに同じ。とあり、うらみ【浦曲・浦廻】@海辺の曲がって入りこんだところ。A海岸をめぐりながら進むこと。
と、いう意味だそうです。
「片男波」についても調べてみれば、山部赤人さんの歌がその語源のようで、
『若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴(たず)鳴き渡る』(万葉集)の『潟を無み』からきているそうです。
今の和歌山市の南部にあります片男波海岸は、万葉の時代には、葦が生えていたのでしょう。汐が満ちてきて葦の生えた干潟が水にしずむと、餌をついばんでいた鶴が、まだしずんでいない干潟を転々と移動していく様子をうたわれたものです。
その干潟をのみ込む大きな波を男波(おなみ)と言うそうです。
そうしますと以前と同じように「報恩講の歌」を歌っていてもその味わいが深まるように思います。
さて、今月の言葉は、聖覚(せいかく)さまという方を讃えられたご文の中の言葉です。聖覚さま(1167〜1235)は、法然聖人の教えを正しく受け継ぎ「唯信鈔」という書物を著わされました。親鸞さまは、この唯信鈔を何度も書写され、東国のお弟子に送られたり、自らこの書物を解釈した「唯信鈔文意」も著わしておられます。
その聖覚さまを讃える文の中の一節が今月の言葉です。
「阿弥陀仏の誓いは真っ暗闇の長い夜に生きている私達にとって大きな頼りになる灯になる」
つまり、私達は暗闇の中で生きているようなものだとのお示しなのでしょう。
何時でも周りのことが見えてよく分かり、自分自身はそれなりに正しい道を歩んでいると思い込んでいる。それが危ういのであると教えておられるのです。
先の「報恩講の歌」の歌詞でも同じことかもしれません。判ったつもりで歌っていても本当は判っていなかったのです。
世の中のこと自分のことが判ったつもりで生きている自分、気がつけば何も判っていなかった一人ぼっちの自分、そんな私を大切に包み込んではたらき続けようというのが阿弥陀さまなのです。
暗闇の中でたった一人の私に明るい安心の世界を与えたいというのが阿弥陀仏の願いなのです。
南無阿弥陀仏