(2015年 真宗教団連合「法語カレンダー」10月のことば)
今月の法語は、福岡県直方市の円徳寺の住職をされていた栗山力精(くりやま りきしょう)氏(1917年〜1981年)の言葉です。
栗山先生は、1955(昭和30)年に寺報『海』を創刊され、ご往生される1年前の1980年には300号を数えたということです。
今月の言葉は、『海』(258号)の巻頭言に掲載された文章からです。
「人間として生きて行く上には、世俗の論理を無視することはできないことであろう。しかし世俗の論理の行き詰まることを教えるのが仏法なのである。………」(下線部が今月の言葉)
「世俗の論理」ということは、現実の社会を生きて行く上での生き方の方法論ということでしょうか。それとも、自分の思いを成し遂げるための生きる方法ということでしょうか。その両方ともうまくいくための方法論という事かもしれません。ところが、その方法によって生きて行くには限界があることを教えるのが仏法であると示されたのがこの言葉です。実際、人間のやることに永遠ということはなく必ず限界が来ることは、多くの方々が認めるところだと思いますが、その限界を直視して生きることはとても難しいことだと思います。
以前にこんなお話をある本で読んだことがあります。
あるお寺に一人の青年が突然訪ねて来て、住職さんに真顔で「人間は何のために生まれてきたのでしょうか。」と尋ねられたのです。
住職さんは「あなたの真剣なことはよくわかりますが、どうしてそんな疑問を持たれるようになったのか?そのことを聞かせてもらえませんか」と、逆に質問してみました。すると、青年は以下のような話をしてくれたそうです。
この青年には、節約家で爪に火を点す様な生活をして、親戚つきあいや近所付き合いもあまりしない、ケチで嫌われていた叔父さんがおられたのです。
そんな叔父さんにも夢がありました。それは、近隣にはないような立派な自分の家を建てることでした。そして、とうとう夢をかなえる時がやってきました。家の新築工事が始まり叔父は毎日工事現場に足を運び自分の夢が実現していくことを本当に嬉しそうに眺めていたというのです。
ところが、ある日、胃のあたりが気持ち悪くなったのです。医者に行くのはお金が勿体ないということで、医者にもいかなかったそうです。しかし、一向に治る気配もなくどんどん調子が悪くなり、とうとう自分から医者に行くと言い出したのですが、胃癌が進行しすでに手遅れになっていました。それから3ケ月で亡くなったのです。
その頃、家はほとんど完成していました。生きて一度も住むことのなかった夢の家に、叔父の遺体は静かに横たえられたのです。
自分はお悔やみに行き、叔父の顔をじっと見ていたら「この叔父さんは何のために生まれて来たのか? 家を建てるためにケチと呼ばれ嫌われてお金を貯めてその家がいよいよ出来上がるという時に死んでしまうなんて、叔父は何のために生きて来たのだろうか?」
「そんなことを思っていたら、他人ごとではないぞ。自分こそ何のために生まれてきたのか?何も答えられない自分に気づきました。
私は何のために生まれてきたのでしょうか?」
「私は何のために生まれて来たのか」ということに真剣に苦しみ悩まれ、乗り越えられたのがお釈迦さまです。
私たちの思いは「老病死」によって変更させられたり、行き詰ってしまうのですが、そのことに目を背けて生きようとして苦悩を増大させているのが私自身なのかも知れません。
仏法は、そんな私の苦悩を超えていく道を教えてくださるのです。
南無阿弥陀仏