(2016年 真宗教団連合「法語カレンダー」10月のことば)
今月の言葉は「正信偈」の「煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我(ぼんのうしょうげんすいふけん だいひむけんじょうしょうが)」を意訳したものです。
この正信偈の御文の読み下しは、「煩悩、眼(まなこ)障(さ)へて見たてまつらずといえども、大悲、倦(ものう)きことなくしてつねにわれを照らしたまへり」【『浄土真宗聖典(註釈版)本願寺刊』】です。
現代語版には《煩悩がわたしの眼(まなこ)をさえぎって、見たてまつることができない。しかしながら、阿弥陀仏の大いなる慈悲の光明は、そのようなわたしを見捨てることなく常に照らしていてくださる》【『顕浄土真実教行証文類(現代語版)本願寺刊』】と示されています。
この正信偈の御文は、源信和尚(げんしんかしょう)さまの著わされた『往生要集(おうじょうようしゅう)』のお示しから、親鸞さまが阿弥陀さまのはたらきを表わしてくださったものです。
源信和尚(942〜1017)さまは、奈良県の当麻(たいま)の生まれで、9歳で出家し比叡山に登られ、慈慧僧正良源(じけいそうじょうりょうげん)に師事されて、天台の教学を究められました。
源信和尚には、こんな逸話が伝えられています。
ある時のこと、宮中で仏典の講義をされたことがあり、そのお礼に天皇様より白い布を授けられたのです。早速故郷の母に送ったのですが、母はその品を送り返し、名声や利欲を求める僧になることは悲しい。どうか母の後生を導いてほしい、という手紙が添えられていたと言われています。
その後、和尚は母の戒めを心にとどめ、高位を求めることなく、比叡山横川(よかわ)の首楞厳院(しゅりょうごんいん)に隠棲されたのです。そしてお釈迦さまの教えを深く追究学問され、44歳の頃『往生要集』三巻を著わしてくださいました。
その『往生要集』の中に
「われまたかの摂取のなかにあれども、煩悩、眼を障(さ)えて、見たてまつることあたはずといへども、大悲倦(う)むことなくして、つねにわが身を照らしたまふ」と、著わされてあります。
そのことを親鸞さまは
煩悩にまなこさえられて 摂取の光明みざれども
大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり
《欲望・いかり・嫉みなどという煩悩に自分の眼がさえぎられて、阿弥陀さまの救いの光のはたらきを見ることはできない。しかし、阿弥陀さまの大いなる慈悲のはたらきは、私のことを見捨てることなく、休むことなく常に私を照らし続けてくださっているのです(住職の私訳です)》
私達はともすると自分の身を自分自身の力だけで支えているように思いがちです。しかし本当はどれだけ多くのはたらきが私を支えてくださっているか。大地に支えられ、水に支えられ、太陽に支えられ……数え上げればきりがありません。そんなはたらきが目の前にあることにさえ気づかず当たり前と思っている私なのです。ある意味では、それが煩悩に眼さえられている私の姿なのかもしれません。そんな私であるから多くの苦悩を抱えていくことになるのかとも思います。
そんな私に本当の安心を与えるため照らし続けてくださっている阿弥陀さまのはたらきを表してくださっている今月の言葉です。
阿弥陀さまのはたらきを何度も何度も聞かせて頂きましょう。
南無阿弥陀仏