(2017年 真宗教団連合「法語カレンダー」6月のことば)
『弥陀(みだ)の回向(えこう)成就(じょうじゅ)して
往相(おうそう)・還相(げんそう)ふたつなり
これらの回向(えこう)によりてこそ
心行(しんぎょう)ともにえしむなれ』
「阿弥陀仏による回向が成就して、浄土に往生して成仏するという往相と迷いの世界に還っ て人々を救うという還相とが、わたしたちの上にあらわれる。これらの回向によってこそ、 信心と念仏をともに得させていただくのである」
『三帖和讃(現代語版)』(本願寺出版社刊)より
今月の言葉は、上のご和讃の下線部になります。
阿弥陀仏の回向成就ということは「阿弥陀さまが修行をして得られたすべての功徳を衆生(生きとし生けるもの)に施してお浄土に向かわせるはたらきが完成していること」という意味になります。
その阿弥陀さまのはたらきによって、私たちはお浄土に生まれさせて頂き仏のさとりを開かせて頂くのです。そのことを往相(お浄土に生まれて往く様子)と言い、そして仏と成って苦しみ悩みをかかえ不安な毎日を送る人々に安心を与えるためにこの世界に還ってくることを還相と言います。私の往相も還相もともにすべて阿弥陀さまのはたらきによるものです。
そんな阿弥陀さまのはたらきをそのまま受け入れる心(信心)、阿弥陀さまのはたらきを喜び讃えお礼申し上げる声「南無阿弥陀仏」(念仏)を阿弥陀さまから頂いているのです。
阿弥陀さまはご自身で願いをたてられ、修行され成仏されました。そのさとりの世界から「南無阿弥陀仏」という音声の仏さまとなって、私の中に入り込み、私を支え、私の口から「南無阿弥陀仏」(念仏)となって出てくださっているのです。
仏に成るということは、そのはたらきとして、人々とともにあって安心を与えていくということであるとも言えます。
私自身がその仏と成る人間であると知らされます。それは、私達の生きる方向をお示しくださったとも受け取ることができます。
阿弥陀さまのはたらきは、すべての生きとし生けるものにかけられています。ですから命あるものすべては、仏さまになる「いのち」を生きていると考えることができます。
「皆、仏さまになられる方々である」という思いで皆が生活することができたら世界は本当に平和になるであろうと思います。
現実には、それは絵空事でありましょう。しかし、念仏を喜ぶ者として、多くのいのちに対するそのような見方を教えられ、生きる方向性をお示しくださった、阿弥陀さまからのメッセージをお念仏称える中に大切にしていきたいものだと思います。
南無阿弥陀仏