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浄土真宗本願寺派 西法寺 大阪府柏原市

〒582-0021 大阪府柏原市国分本町5-6-19

TEL.072-977-3882

浄土真宗とは

今月の法話

2025年3月の法話
       「真の智慧は そのまま大悲でもある」
          (2025年 真宗教団連合「法語カレンダー」3月のことば)
 今月の法語は、京都の龍谷大学や福岡県にある筑紫女学園大学の学長をされていた上山大峻先生(1934~2022)の言葉です。本願寺出版から出されています『平等への視座』に掲載された言葉だそうです。

 「智慧」ということについて、『浄土真宗辞典』(本願寺刊)には、
  1 梵語プラジュニャーの意訳。般若と音訳する。真如の理をさとる 無分別智のこと。    物事の道理を見きわめる認識力。智慧を獲得した状態を菩提、正覚という。
    六波羅蜜の一。三学の一。 
  2 智と慧。智は梵語ジュニャーナの意訳、慧は梵語プラジュニャーの意訳。智は世俗諦を    知る分別智を指し、慧は第一義諦を知る無分別智を示す。
と、書かれてあります。
 そして『広辞苑』には
  ①  物事の理をさとり適切に処理する能力。
  ② [仏]真理を明らかにし、悟りを開くはたらき。宗教的叡智。…
と、示されています。
 
 このようにお示し頂きますと、世間一般では、知恵は、広辞苑の①に示されるように人間の持つ対処能力に対して使われている言葉です。しかし、仏教では、智慧は無分別智で、悟ることで得られるものであるとお示しくださっています。無分別ですから自分と他を区別も差別もしないということです。

 本願寺派総合研究所のホームぺージに次のようなお話が紹介されていました 

  シビ王という心やさしい王さまがおられました。帝釈天はその心を試しました。
  ある日、王さまのところに鷹に追われた鳩が逃げ込んで来て、たすけてほしいと命ごいを したのです。
  鳩を追ってきた鷹は王さまに、
 「私は腹が減っている。鳩を食べないと死んでしまう。あなたは鳩のいのちとわたしのいの ちとどちらが大事だと思っているのか。」と尋ねたのです。
  そこで、王さまは鷹のいのちも大切だと思い、鳩と同じ重さ分だけ自分の肉を切り取って 鷹にやろうと思い、天秤の上に置いたのです。しかし、その天秤はどれだけ王さまの肉を切 り取って置いてみても、鳩の重さとつり合わないのです。
  そこで王さまは自分の体を天秤にのせ、自らいのちを与え、鳩のいのちを救いました。
  シビ王の心を知った帝釈天は、王の傷をもとのように治し、敬われたのです。
  鳩のいのちと釣り合うために、王さまは、自身が秤に乗り、鳩を救ったのです。
 このお話は、ジャータカ(本生譚)に出されています。このシビ王がお釈迦様の生れる前(前世)のお姿であったという想定です。
 この物語で教えられることは、いのちは本来みな平等で、いのちとして同じ重さをもって生きているということをお示しくださったことだと思いますが、自分のいのちを捨てても相手を生かしていくという慈悲の相(すがた)を教えてくださっています。
 智慧とは無分別智です。わが身と他のいのちを同じものとみる世界であると言えます。仏さまは生きとし生けるもののことを、すべて我ことと受け取りはたらいてくださる方であると思います。
 
 今月の言葉は、本当の悟りは他の人々を救っていくはたらきがあることをお示しくださった言葉だと思います。その悟りの世界から、私たちに向かってはたらき呼びかけてくださる声が「南無阿弥陀仏」です。阿弥陀仏が、私たち一人ひとりのことを、我(阿弥陀仏)がこととして受け取り「我にまかせよ、安心せよ」と「南無阿弥陀仏」となってはたらきかけてくださっているということです。
 皆さまお念仏申しましょう。
                                    南無阿弥陀仏